追加工事の発生は建設業において避けられないものですが、請負契約を結ばずに進めた場合、工事代金の未払い・責任範囲の不明確化・工期遅延のトラブル など、さまざまな問題が生じる可能性があります。契約書の適切な作成は、これらのリスクを回避する重要な手段です。本記事では、追加工事の請負契約の必要性と、トラブルを防ぐための具体的な対応策について詳しく解説します。追加工事とは?追加工事とは、契約時には含まれていなかったが、施工途中で新たに必要となる工事のことです。 これは、設計の変更や予期せぬ問題が発生した際に生じるケースが多く、当初の契約とは別に新たな契約手続きが必要になります。建築工事では追加工事が発生することが珍しくありません。しかし、コストの増加や工期の遅延につながるため、適切な手続きと契約内容の明確化が重要になります。追加工事が発生する主な理由追加工事が必要になる原因はいくつか考えられます。代表的なものを紹介します。設計の変更施主の希望や現場の状況によって、もともとの設計を変更することがあります。例えば、間取りの変更・設備の追加・仕上げ材の変更 などが該当します。こうした変更があると、元の計画にはなかった工事が発生することになります。予想外の問題が発覚した場合建築工事では、施工を進める中で想定外の問題が見つかることがあります。たとえば、地盤の強度不足・既存建物の劣化・配管の老朽化 などが代表的です。こうした問題に対応するため、追加の工事が必要となる場合があります。法改正や規制の変更建築基準法や消防法などの法改正、もしくは自治体の新たな指導により、施工中に計画の修正が求められることがあります。 その結果、追加工事が発生するケースも少なくありません。施主からの追加要望工事が進むにつれて、施主が当初の計画にはなかった設備やデザインの変更を希望することがあります。 例えば、照明の種類を変えたり、収納スペースを追加したりする場合などが該当します。こうした変更も、追加工事の要因の一つです。追加工事を防ぐための対策追加工事を最小限に抑えるには、設計段階での綿密な打ち合わせや、施工中の進捗管理が不可欠です。 また、予期せぬ事態に備えた予備費をあらかじめ確保しておくことも有効な手段です。万が一追加工事が必要になった場合は、事前に費用や工期を明確にし、追加工事請負契約書を交わすことが重要です。 これにより、後々のトラブルを防ぎ、スムーズな工事進行を実現できます。追加工事でも請負契約書の作成は必須建築工事では、請負契約書の作成が法律で義務付けられています。 追加工事の場合も例外ではなく、契約内容を明確にし、トラブルを防ぐために書面での取り決めが必要です。契約書がないと建設業法違反にあたる民法上、請負契約は口頭の合意でも成立 します。しかし、建築工事は内容が複雑で金額も高額になりやすいため、書面による明確な取り決めがなければ、後のトラブルにつながります。そこで、建設業法では、請負契約の当事者に対して契約書の作成を義務付けています(建設業法19条1項)。 工事内容や責任の所在を明確にすることで、認識の違いを防ぎ、スムーズな進行を可能にします。違反した場合のリスク請負契約書を作成しなくても契約そのものが無効になるわけではありません。 しかし、建設業法に違反することになり、国土交通大臣などの行政指導を受ける可能性があります(建設業法28条1項)。契約書を交わさなかったことが原因で紛争が起こると、事業者の信用を損なうだけでなく、法的なリスクも高まるため、慎重に対応することが求められます。減額時も契約書の作成が必要請負契約書は、当初の工事契約時だけでなく、追加工事や減額が発生した場合にも作成しなければなりません。たとえわずかな変更であっても、契約書なしで工事内容を変更すると、後々のトラブルの原因になります。 追加工事の費用や範囲を明確にするためにも、契約書の作成は不可欠です。トラブルを防ぐために契約書は欠かせない建築工事では、長期にわたる施工や、工程の変動によって追加工事が発生することが多い ため、請負契約書を作成していなければ、合意の有無や費用の正当性を証明できなくなります。特に、追加工事の費用を巡るトラブルは頻繁に発生するため、契約書によって支払い条件や工事内容を明確にしておくことが重要です。 書面で取り決めを行うことで、双方の認識を一致させ、無用な紛争を未然に防ぐことができます。追加変更工事の契約書作成時の重要ポイント追加変更工事を行う際は、契約内容を明確にするために請負契約書を作成する必要があります。特に工事内容や請負代金、スケジュール、責任範囲などを細かく記載することで、トラブルを未然に防ぐことができます。契約を結ぶ際には、以下の点に注意しましょう。契約書に明記すべき項目建設業法19条1項により、請負契約書には以下の事項を必ず記載しなければなりません。工事の具体的な内容(施工範囲・仕様・材料など)請負代金の総額およびその内訳工事の着手日と完成予定日代金の支払い時期および方法工事を行わない日や作業時間の制限がある場合、その詳細遅延や契約違反が発生した際の違約金・損害賠償の規定前払い金や出来高払いの取り決めがある場合、その条件また、追加変更工事においては、以下の内容についても契約書で取り決める必要があります。設計変更や価格変動による請負代金の調整施主や施工業者の事情による工期変更や工事の一時中断が発生した場合の対応損害が発生した場合の責任分担と、その算定基準工事費用が100万円を超える場合、印紙税の対象となります。たとえば、契約金額が100万円を超え200万円以下の場合、200円の印紙税が必要になります。詳細については国税庁の公式情報を確認することが推奨されます。民法改正による契約への影響令和2年4月に施行された民法改正により、請負契約のルールが一部変更されました。契約締結のタイミングによって適用される法律が異なるため、適用範囲を確認しておく必要があります。令和2年3月31日以前に締結された契約 → 旧民法が適用令和2年4月1日以降に締結された契約 → 改正民法が適用また、旧民法のもとで締結された契約でも、令和2年4月1日以降に発生した追加変更工事には引き続き旧民法が適用されます。ただし、契約の内容によっては、新民法の規定が影響する可能性もあるため、慎重な確認が求められます。請負契約には、あらかじめ契約条件を定めた「定型約款」が利用されることが多くあります。改正民法の施行後は、既存の定型約款であっても反対の意思表示がない限り、新民法の適用対象となります。そのため、契約を結ぶ際は、約款の内容を再確認し、必要に応じて修正や補足を行うことが重要です。追加変更工事の報酬請求で注意すべきポイント追加変更工事は、本工事とは異なり、施工が始まった後に発生するため、契約内容が十分に整備されないまま進行することが多い という特徴があります。そのため、工事完了後に報酬を請求した際、施主との間でトラブルに発展するケースも少なくありません。こうした問題を防ぐために、追加変更工事に関する請求時のポイントを整理しておきましょう。追加変更工事の特徴本工事では、工事の着手前に契約内容や費用について詳細な打ち合わせが行われ、書面で合意が交わされることが一般的です。しかし、追加変更工事の場合、施主の要望や現場の状況に応じて進行中に決定されることが多く、十分な協議を行う時間が確保できないことがあります。その結果、見積書や契約書といった証拠書類が不十分なまま工事が行われ、後になって施主が「発注していない」「本工事に含まれる内容だ」と主張するケースが発生します。追加変更工事の報酬請求時に施主から受ける反論請負業者が追加変更工事の報酬を請求した際に、施主から以下のような主張がなされることがあります。発注していないので、無断で施工されたものだ本工事の一部であり、追加工事ではない本工事の手直しであり、新たな施工にはあたらない無償のサービス工事であるべきだそれぞれのケースについて、具体的な判断基準と対応策を確認しておきましょう。追加工事の発注があったかどうかの判断方法施主が「発注していない」と主張した場合でも、請負業者が勝手に工事を進めることは通常考えにくいため、発注の事実は施工状況からある程度推測できます。ただし、発注を証明する正式な注文書が作成されていない場合、発注の有無を立証することが難しくなるため、以下のような対策を講じることが重要です。追加工事の発注があった場合は、必ず見積書を作成し、施主に確認を取る定例会議や打ち合わせの議事録に、追加工事に関する記録を残し、施主の確認を得る注文書が発行されない場合でも、メールや書面でのやり取りを残し、発注の証拠を確保する本工事に含まれるかどうかの判断基準施主が「追加工事ではなく、本工事の一部だ」と主張する場合、契約時の設計図書や見積書の記載が重要な判断材料となります。追加工事として請求している内容が、契約時の設計図や仕様書に含まれているかどうかを確認見積書に記載されていない工事が発生した場合、それが本来の契約に含まれるものかどうかを明確にするまた、施主が「見積もりに記載されていないのは業者側のミス」と主張するケースもありますが、この場合も、設計段階の図面や打ち合わせ記録を精査し、どの時点で工事内容が決定されていたのかを明確にすることで対抗できます。手直し工事か追加工事かの判断同じ部分の工事が繰り返し施工されている場合、施主は「これは手直し工事であり、追加工事には該当しない」と主張することがあります。この場合、以下のポイントを確認することで、手直し工事か追加工事かを判断することができます。本工事の施工が契約どおりに行われていたか施主の指示や変更依頼が発生していたか施工された内容が、法的に「契約不適合」と見なされる不具合に該当するか契約に基づいて正しく工事が行われていたにもかかわらず、施主の希望で変更が加えられた場合は、追加工事として請求することが可能です。無償工事と判断されるケース施主が「これは無償のサービス工事だ」と主張するケースもありますが、通常、請負業者は営利目的で業務を行っているため、基本的には有償で施工されることが前提となります。ただし、以下のような状況では、無償工事と解釈される可能性があります。本工事に施工不良があり、業者側が補償として無償で対応するケース施工業者の営業戦略として、一部の追加工事をサービスとして提供する場合こうした特例を除けば、追加工事は有償であるのが原則であり、見積書や契約書で明確にしておくことが重要です。追加変更工事のトラブルを防ぐための対策1. 追加工事の発注に関する証拠を残す施主からの追加工事の依頼は、必ず書面やメールで記録する定例会議の議事録に記録を残し、施主に確認を取る発注の証拠となる書類がない場合は、会話の録音なども検討する2. 本工事と追加工事の境界を明確にする設計図書や見積書を詳細に作成し、契約範囲を明確にする見積もりの過程を記録し、後から確認できる状態にする3. 手直し工事と追加工事を区別する施工前後の写真を記録し、どの部分が修正されたのかを明確にする追加工事の発生時には、新たな注文書や見積書を作成し、施主の了承を得る4. 無償工事とならないように事前対策を講じる追加工事の見積書を作成し、施主の合意を得たうえで工事を実施する施主が「サービス工事」と主張しないように、契約時に明確な取り決めを行う追加変更工事の報酬請求に関するトラブルは、発注時の取り決めや証拠の管理が不十分であることが主な原因となります。請求の正当性を証明するために、契約時の記録をしっかりと残し、施主と認識の齟齬が生じないようにすることが重要です。追加変更工事でトラブルが発生した場合の対応策追加変更工事をめぐって施工業者と意見が対立した場合、適切な証拠を集め、冷静に対応することが求められます。契約内容の確認や交渉の進め方によっては、費用負担を回避できるケースもあるため、慎重な対応が必要です。 ここでは、紛争が生じた際に取るべき具体的な対策について説明します。契約内容や証拠の確認追加工事の代金を請求された場合、まず最初に確認すべきポイントは、その工事が本工事の範囲に含まれているかどうか です。契約時にすでに合意されていた内容であれば、新たな請求が発生することはありません。本工事の範囲を判断するために確認すべき書類工事請負契約書(契約時に取り決めた内容を確認)設計図書・仕様書(工事の範囲や施工内容を把握)契約時の見積書(当初の費用と比較し、追加工事かどうかを判断)追加工事として請求された内容が本工事に含まれていない場合でも、施主がその工事に同意し、費用負担について明確な取り決めがあったかどうか が重要になります。費用負担の合意があったかを判断するための証拠追加工事に関する見積書(合意の有無を確認)打ち合わせ記録やメール(やり取りの中でどのような取り決めがあったか)施工業者から受け取った資料やカタログ(変更点や仕様の違いを明確にする)施工業者が「サービスとして提供する」と説明した工事については、後から請求されることはありません。そのため、請求の妥当性を判断する際には、当時のやり取りを確認し、発注の合意があったかを検証することが大切です。専門家への相談と交渉の進め方追加工事の代金をめぐる問題は、建築契約や施工の専門知識が求められるため、個人で解決するのが難しいケースが多くあります。 施工業者が契約書の条文や専門的な用語を用いて正当性を主張することもあり、施主側が反論しにくい状況に陥ることも少なくありません。弁護士に相談するメリット契約内容や工事の状況を分析し、請求の正当性を判断できる証拠を整理し、施工業者との交渉を代行してもらえる裁判や調停に発展した場合も、法的な対応が可能弁護士を選ぶ際には、建築トラブルに詳しく、施工業者との交渉経験が豊富な法律事務所を選ぶことが重要です。 また、一級建築士と連携している弁護士事務所であれば、技術的な側面からもアドバイスを受けることができます。裁判以外の解決手段を検討する施工業者と直接交渉しても話がまとまらない場合、裁判を検討する前に、第三者機関を利用した解決策を考えるのも有効です。不動産ADR(裁判外紛争解決手続き)不動産ADR(Alternative Dispute Resolution)は、裁判を経ずにトラブルを解決するための手続き で、日本不動産仲裁機構などが提供する仕組みです。ADRの特徴裁判よりも早く、費用を抑えて解決できる可能性がある第三者機関が間に入り、公平な立場で話し合いを進める施工業者がADRに同意しない場合は利用できない裁判による解決ADRでの解決が難しい場合は、裁判を通じて工事代金の支払い義務の有無を争う ことになります。裁判では、契約書・見積書・議事録などの証拠が非常に重要 になるため、事前に十分な書類を準備しておく必要があります。トラブルを未然に防ぐためのポイント追加工事をめぐる問題は、契約時や工事開始前の取り決めを明確にすることで回避できるケースが多い です。以下の点に注意して、トラブルを防ぎましょう。1. 追加工事の依頼は書面で残す追加工事を行う場合は、必ず見積書を作成し、施主が内容を確認した上で契約を結ぶ口頭での依頼は避け、メールや書面で記録を残す2. 本工事と追加工事の境界を明確にする契約時に、設計図書や仕様書の内容を詳細に記載する追加工事が発生する可能性がある項目は、契約書内で「別途工事」として明記しておく3. 施工状況の証拠を確保する工事の前後の状況を写真で記録 し、後から施工内容を確認できるようにする追加工事が発生した場合は、契約書や見積書を作成し、施主と施工業者の合意を明確にする4. 不当な請求には冷静に対応する施工業者からの請求が不当と感じた場合は、弁護士に相談し、法的に請求の妥当性を判断してもらう裁判に発展する前に、ADRなどの第三者機関を利用する選択肢も検討する追加変更工事のトラブルは、契約内容の確認と証拠の管理が鍵となります。 適切な準備と冷静な対応を心がけることで、不当な請求を回避し、スムーズな解決へとつなげることが可能です。まとめ追加工事に関する請負契約を適切に結ぶことで、費用負担の明確化や工期の管理が可能になり、施工業者と施主の双方にとってトラブルの防止につながります。契約内容を具体的に記載し、発注の経緯や支払い条件を明確にすることで、認識の相違を防ぎ、円滑な工事の進行を実現できます。