建設業における契約トラブルの多くは、損害賠償条項の不備が原因で発生します。契約時に損害賠償の条件や範囲を明確にしておくことで、紛争を未然に防ぎ、万が一の際にもスムーズな解決が可能になります。本記事では、損害賠償が発生する条件の設定方法、上限額の決め方、不利益な条項を回避するポイントを解説します。契約リスクを減らし、安全な取引を行うための実践的な対策を確認しましょう。契約書における損害賠償条項とは損害賠償条項とは、契約違反などによって生じた損害について、どのように賠償するのかを取り決めた契約の一部です。契約書にこの条項を盛り込むことで、相手の行為によって発生した損害に対し、適切な補償を受けられるようになります。民法における損害賠償民法第415条では、債務者が義務を果たさない、または履行が不可能になった場合、債権者は損害賠償を請求できると定められています。さらに、民法第417条では、損害賠償は原則として金銭で行われると規定されています。例えば、売買契約において、店側が期日までに商品を引き渡さなかった場合、購入者はそれによって発生した損害を請求できます。また、民法第709条では、契約の有無に関わらず、不法行為による損害賠償を請求できるとされています。たとえば、ある人が故意に店舗の商品を破損した場合、その行為は刑事罰の対象となる可能性があります。加えて、被害を受けた店舗側は、不法行為による損害賠償を求めることも可能です。契約書で損害賠償条項を定めるメリット契約書に損害賠償条項が記載されていなくても、被害を受けた場合は法的に損害賠償を請求できます。 しかし、取り決めがないと、債務者が支払いを拒否したり、債権者が過剰な請求をしたりすることで、トラブルに発展する恐れがあります。損害賠償条項を契約書に明記することで、支払いの条件や金額、範囲をあらかじめ定められるため、紛争を回避しやすくなります。 また、明確なルールを定めることで、双方が冷静に対応でき、スムーズな解決につながります。損害賠償条項に記載すべきことと具体例契約に損害賠償条項を設ける際には、「損害賠償の発生条件」「賠償金額の上限」「賠償の適用範囲」の3つの要素を明確にすることが不可欠です。これらを具体例を交えて詳しく解説します。損害賠償の発生条件損害賠償の請求が認められるには、以下の4つの要件を満たす必要があります。契約違反が発生している具体的な損害が生じている債務者に責任がある契約違反と損害に直接的な因果関係があるこれらの要件を契約書に明記しておくことで、トラブル時の対応がスムーズになります。<条文例>甲または乙が契約に違反し、相手方または第三者に損害を与えた場合、当該損害(訴訟費用・弁護士費用を含む)を補償する責任を負う。このように規定することで、契約違反による損害に加え、法的手続きにかかる費用なども賠償の対象であることが明確になります。賠償金額の上限を定める重要性損害賠償の額を無制限にすると、予想外の負担が発生する可能性があります。そのため、上限を定めることでリスクを管理できます。上限額の設定方法には以下のようなケースがあります。固定金額を設定する(例:上限1,000万円)契約金額や提供する製品・サービスの価格を基準にする<条文例>甲が契約に違反し、乙に損害を与えた場合、その損害(本製品の販売価格を上限とする)を補償するものとする。このような条文を盛り込めば、提供する製品やサービスの価格を超える損害賠償の請求を防ぐことができます。ただし、極端に低い金額を上限とすると、条文が無効となるリスクがあるため注意が必要です。賠償責任の範囲を明確にする損害賠償の対象をどこまで含めるのかを契約で決めておくことは、後の紛争を避けるために重要です。民法では、損害賠償の範囲について以下の2種類が規定されています。通常損害(直接損害):契約違反によって通常発生すると考えられる損害特別損害:契約違反に加えて特別な事情が関係し、例外的に生じる損害また、賠償の対象は大きく分けて以下の2つに分類されます。財産的損害:実際に被った損害や逸失利益(本来得られたはずの利益)精神的損害:精神的苦痛に対する賠償(慰謝料など)<条文例>甲または乙が契約違反によって相手方に損害を与えた場合、直接的かつ実際に発生した通常の損害(逸失利益を除く)に限り、補償の義務を負う。この条文では、「通常損害」のみが補償の対象であり、「特別損害」や「精神的損害」は含まれないことを明確にしています。建設業における損害賠償・違約金の取り決めについて契約違反が発生した場合、損害賠償の範囲や違約金の適用条件を事前に明確にしておくことが重要です。 特に違約金を設定する際には、発生する条件、具体的な金額、算出方法を契約書に盛り込むことで、不要なトラブルを防ぐことができます。多くの場合、建設工事標準請負契約約款に基づいて損害賠償や違約金の取り決めが行われますが、交渉によって特別な条項を加えることも可能です。<契約条項の例>発注者の都合により契約が解除された場合、発注者は受注者に対し、契約解除によって生じた損害を補償するほか、違約金として○○万円を支払うものとする。このように条項を設定することで、契約解除に伴う賠償責任が明確になり、双方の認識のズレを防ぐことができます。建設工事に伴う第三者への損害賠償の考え方建設工事中に発生した事故やトラブルにより、発注者や受注者以外の第三者に損害を与えた場合、その賠償責任を誰が負うのかを契約書で明確に定めることが重要です。この点については、建設工事標準請負契約約款にも規定があり、民間建設工事標準請負契約約款(甲)第19条、および(乙)第12条に詳しく記載されています。原則として、工事の実施に伴う損害賠償責任は受注者が負担することが基本となります。ただし、発注者に過失がある場合は、発注者側も一定の責任を負うことになります。多くのケースでは、この取り決めが公平と考えられるため、契約時に特別な変更を加えず、そのまま適用することが一般的です。施工不良が発生した場合の施工業者の責任新築住宅に施工不良が認められた場合、施工業者は契約不適合責任を負うことが基本です。また、状況によっては、不法行為責任が問われるケースもあります。それぞれの責任の範囲や具体的な請求方法について詳しく解説します。契約不適合責任(債務不履行責任)契約不適合責任とは、引き渡された建物が契約内容と異なる場合に、施工業者が負う責任のことです。これは、2020年4月1日の民法改正以前に「瑕疵担保責任」と呼ばれていたものが整理され、統一された概念です。契約不適合責任は、債務不履行の一種とされ、施主は以下の手段で責任を追及できます。修補請求(是正工事の要求)施工業者に対し、不具合を修正するよう求めることができます。 補修費用は施工業者が負担しますが、修補の方法については施工業者が決定できる場合もあります。代金の減額請求契約した金額の支払いを減額するよう求めることが可能です。原則として、まず修補請求を行う必要がありますが、施工不良が修正不可能な場合や、施工業者が対応を拒否した場合は、直接減額を求めることができます。損害賠償請求施工不良により施主が経済的損害を被った場合、施工業者に対し賠償を求めることができます。 修補費用に加え、仮住まいの費用や引っ越し費用などの損害も請求対象となります。契約解除施工業者が補修に応じず、かつ不具合が軽微ではない場合、施主は契約を解除できます。ただし、影響が小さい施工ミスでは契約解除が認められない可能性もあります。未施工と減工事の違い契約通りの工事が行われておらず、施工されないまま引き渡された場合、それは「未施工」となり、施工業者の責任を問うことが可能です。一方で、施主と施工業者が合意の上で一部の工事を省略した場合、それは「減工事」となり、損害賠償請求の対象にならないことがあります。裁判になった場合、減工事と認められると、損害賠償額が減額される可能性があるため、契約内容の確認が重要です。不法行為責任施工不良が発生した際、施工業者が故意または過失により損害を与えた場合には、不法行為責任が問われることがあります(民法第709条)。不法行為責任は、契約不適合責任とは異なり、主に「建物の基本的な安全性を損なう瑕疵(欠陥)」がある場合に適用されます。 施工業者に過失や故意があったことを証明する必要があるため、施主側にとってはハードルが高くなる場合があります。不法行為責任の請求方法不法行為責任による請求は、損害賠償請求のみが認められます。 そのため、補修工事の要求や代金の減額請求といった手段は取れず、選択肢が限られます。請求できる期限(消滅時効・除斥期間)契約不適合責任と不法行為責任では、請求できる期間が異なります。契約不適合責任の請求期限施工不良を知った日から1年以内に施工業者へ通知する必要がある(民法第637条第1項) ※ただし、施工業者に故意・重過失がある場合は、期間制限なし(同条第2項)。施工不良を知ってから5年以内、または建物引き渡しから10年以内で請求権が消滅(民法第166条第1項)。不法行為責任の請求期限施主が損害および加害者を知った日から3年以内(民法第724条第1号) ※ただし、生命・身体への被害がある場合は5年(民法第724条の2)。不法行為が行われた日から20年経過すると請求不可(民法第724条第2号)。施工不良に免責特約がある場合、施工業者に責任を問うことはできるのか?施工業者との契約において、「施工不良が発覚しても責任を負わない」とする免責特約が盛り込まれることがあります。しかし、このような特約は法律上無効とされるケースも多く、一方的に施工業者の主張が認められるわけではありません。施工業者から免責を主張された場合には、契約内容や適用される法律を確認し、必要に応じて専門家に相談することが重要です。品確法による瑕疵担保責任は10年間|免責は認められない「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)」では、新築住宅の主要構造部分に欠陥があった場合、施工業者や売主は、引き渡しから10年間にわたって瑕疵担保責任(契約不適合責任)を負う義務があると規定されています(品確法第94条第1項、第95条第1項)。この法律が適用されるのは、以下のような住宅の重要部分です。建物の構造を支える基礎・柱・壁・床・屋根など外壁や屋根の防水機能を担う部分(ドア・窓枠・排水管の一部を含む)品確法では、この瑕疵担保責任の免責や軽減を禁止しているため、契約に免責条項が含まれていても無効とされます(同法第94条第2項、第95条第2項)。そのため、施工業者が「契約に免責特約がある」と主張しても、法的には責任を免れることはできません。民法上の契約不適合責任は免責が可能|ただし宅建業者には特例あり品確法の適用外となる施工不良については、民法の契約不適合責任が適用されます。民法における契約不適合責任は「任意規定」とされており、契約に特約を設けることで責任を免除することが可能です。つまり、施工業者が契約の中で免責を明記していた場合、その内容が有効とされる可能性があります。しかし、宅地建物取引業者(宅建業者)が売主となる新築住宅の売買契約については、特例が設けられています。宅建業法第40条により、宅建業者は最低でも引き渡しから2年間は契約不適合責任を負う義務があるとされており、この期間内の免責特約は無効となります。施工不良が発覚した場合の損害賠償請求の方法新築住宅に施工不良が見つかった場合、施工業者に対して補修や損害賠償を求めることができます。トラブルを適切に解決するためには、状況に応じた方法を選択し、法的な手続きを進めることが重要です。主な対応方法として、以下の4つの手続きが考えられます。施工業者との協議による解決最初の対応として、施工業者に直接連絡を取り、施工不良の補修や損害賠償について話し合う方法があります。多くのケースでは、施主側の要望を伝え、補修対応や金銭的な補償について合意に至ることが可能です。協議を進める際には、以下の点に注意しましょう。施工不良の状況を記録し、写真や動画で証拠を残す契約書や仕様書と照らし合わせ、不具合の内容を整理する施工業者の説明だけを鵜呑みにせず、補修や賠償の条件を文書で取り交わすこの段階で解決できない場合は、公的な手続きを利用することを検討します。民事調停による話し合い施工業者との話し合いがまとまらない場合、裁判所の民事調停を利用し、第三者の仲介を受けながら解決を目指す方法があります。民事調停の特徴は、以下の点にあります。裁判よりも手続きが簡単で、費用や時間の負担が少ない調停委員が仲介役となり、公平な視点で解決策を提示する双方の合意を前提として進めるため、比較的柔軟な対応が可能調停を有利に進めるためには、施工不良の証拠を整理し、客観的な資料を準備することが重要です。建築工事紛争審査会を利用する建築工事に関するトラブルは、建築工事紛争審査会を通じて解決を図ることも可能です。この機関は、あっせん・調停・仲裁といった手続きを通じて、施工不良の紛争を専門的な立場から判断します。建築工事紛争審査会の利点は、以下の通りです。建築に関する専門知識を持つ審査員が対応するため、技術的な視点を踏まえた判断が期待できる法的な側面だけでなく、業界の商慣習も考慮した解決策を提示できる比較的短期間での紛争解決が可能ただし、調停やあっせんには施工業者の同意が必要になるため、事前に対応方針を確認しておくとよいでしょう。裁判(訴訟)による解決施工業者が話し合いに応じない、または調停や仲裁でも解決しない場合は、訴訟によって法的に争うことができます。裁判では、施工業者の契約不適合責任を立証し、裁判所の判決によって強制的に補修や賠償を求めることが可能です。訴訟を進めるにあたっては、以下の点に注意が必要です。施工不良の証拠を揃え、確実な立証を行う裁判にかかる時間や費用を考慮し、適切な戦略を立てる専門家(弁護士・建築士など)と連携し、法的な主張を整理する裁判には時間がかかるため、できる限り他の方法での解決を試みた上で、最終手段として訴訟を検討することが望ましいでしょう。施工不良を主張する際に準備すべき資料施工不良の補修や損害賠償を求める際には、契約内容や施工状況を証明するための資料が不可欠です。以下のような資料を揃えておくことで、施工業者との交渉や法的手続きを有利に進めることができます。必要な証拠資料契約書や合意書(工事内容や請負金額を確認できるもの)設計図・仕様書・見積書(契約内容と実際の施工を比較するため)施工不良の写真や動画(具体的な不具合を明確に示すため)建築士や専門家の意見書(技術的な問題点を客観的に証明するため)特に裁判を視野に入れる場合は、法的な観点から必要な証拠を整理し、施工業者の過失を具体的に示すことが求められます。損害賠償条項を設定する際のポイント契約に損害賠償条項を設ける際は、自社にとって不利な内容になっていないか慎重に確認することが重要です。特に、賠償額の上限や損害の範囲を明確にしないと、予期せぬリスクを抱える可能性があります。契約締結前に、以下の点をしっかりと検討しておきましょう。損害賠償の上限を適切に設定する契約に損害賠償の上限を設けるかどうかは、リスク管理の観点から非常に重要な要素です。上限がない場合:万が一の際、多額の損害賠償を請求されるリスクがある上限を設定する場合:損害額が上限を超えた場合、十分な補償を受けられない可能性がある契約内容や事業規模に応じて、適切な上限を設定することで、双方にとってバランスの取れた契約となります。損害の範囲を明確に定める損害賠償の範囲を曖昧にすると、請求額に大きな差が生じる可能性があります。通常損害のみ対象とするのか(契約違反によって一般的に発生すると考えられる損害)特別損害や精神的損害まで含めるのか(通常の範囲を超えて発生した損害)契約時に、どの範囲まで賠償責任を負うのかを明確に記載することで、不要なトラブルを防ぐことができます。弁護士費用の負担を明記する損害賠償を請求する際、訴訟を視野に入れる場合は弁護士費用の取り決めも重要になります。契約に「紛争解決に要した弁護士費用も含む」と明記することで、訴訟時に弁護士費用の負担を相手方に求めることが可能になります。この条項がない場合、たとえ勝訴しても、弁護士費用を自社で負担しなければならないケースがあるため、注意が必要です。建設工事請負契約書を締結する際の重要な確認ポイント建設工事請負契約書を締結する際は、契約内容を詳細に確認し、不利益を被る可能性がないか慎重にチェックすることが不可欠です。特に以下の3つのポイントを押さえておくことで、契約後のトラブルを未然に防ぐことができます。建設業法に基づく必要事項をすべて記載する契約書には、建設業法第19条第1項で定められた事項を適切に盛り込む必要があります。これにより、契約の適正性を確保し、万が一のトラブル時にも法的に有効な契約として機能させることができます。また、建設工事標準請負契約約款を適用する場合でも、記載すべき内容が漏れていないか確認が必要です。標準約款をそのまま適用するだけでは、不足する項目が出る可能性があるため、工事の内容に応じた追加の記載が必要かどうかを検討しましょう。自社にとって不利な条項が含まれていないか確認する契約内容を細かくチェックし、相手方の義務が極端に軽減されていないか、自社に過度な負担が生じないかを確認することが重要です。特に以下の点は慎重に検討しましょう。工事範囲や責任分担が明確になっているか支払い条件が公正であり、不利な支払いスケジュールになっていないか不可抗力による損害の負担が一方的になっていないかまた、建設工事標準請負契約約款を適用する場合でも、特約事項が追加されている場合は、その内容を入念に確認し、不利益な条項がないか精査することが大切です。建設工事標準請負契約約款の内容を慎重に見直す多くの建設工事請負契約では、建設工事標準請負契約約款をそのまま適用することが一般的です。しかし、「標準約款だから問題ない」と判断するのは危険です。実際の工事内容と約款の規定が合致しているか自社にとって受け入れがたいリスクが含まれていないかこれらの点を十分に検討し、約款の内容が工事の実態に即しているかどうかを確認することが不可欠です。損害賠償条項は紛争解決の指針となる契約を結んだ相手とトラブルになった場合、損害賠償の支払いをめぐって対立することは珍しくありません。しかし、契約書の中で損害賠償が発生する条件、上限額、対象となる損害の範囲を明確に定めておくことで、スムーズに解決できる可能性が高くなります。事前の取り決めでトラブルを防ぐ損害賠償に関する条項が曖昧な契約では、トラブルが発生した際に解釈をめぐって争いが生じ、解決までに時間やコストがかかることがあります。このような事態を避けるため、契約書に以下の点を明記しておくことが重要です。損害賠償が発生する条件(どのような行為が違反に該当するか)損害賠償の上限額(無制限にせず、合理的な範囲を設定)対象となる損害の範囲(通常損害のみか、特別損害や精神的損害を含むか)事前にこうした内容を明確にしておくことで、万が一のトラブル発生時にも迅速かつ適切に対応できるようになります。契約書の内容を慎重に確認する損害賠償条項は、契約当事者の責任を明確にするために欠かせない項目です。そのため、契約書を交わす際には、自社にとって不利な内容が含まれていないか慎重に確認する必要があります。以下の点に特に注意しましょう。過大な賠償責任を負わされていないか相手方の責任が過度に軽減されていないか契約解除時の損害賠償の規定が適正かまた、相手方から提示された契約書をそのまま受け入れるのではなく、内容に疑問があれば修正を求めるか、専門家(弁護士など)に相談することも重要です。まとめ損害賠償条項を適切に設定することで、契約トラブルを未然に防ぎ、万が一の紛争時にも円滑な解決が可能となります。損害賠償の条件や上限、対象範囲を明確にし、契約締結時には不利益な条項が含まれていないか慎重に確認することが重要です。